寄り添う(下) ありのまま知って 重い課題に向き合う

■東京新聞 社会部 小林由比記者 38
美しくブローされたヘアスタイルで「きれいな方だな」というのが第一印象だった。震災の年の瀬、心の支えとなっている人への思いを聞く企画のため、話を聞かせてもらったのが、東雲(しののめ)住宅で暮らす富岡町の菅野洋子さん(72)だった。
美容師と聞き、髪の手入れが行き届いていることに納得した。記事でメッセージを送った相手も相馬市で店を再開した美容師仲間だった。仲間から「師匠」と呼ばれるほどの着付けの腕前を持つ菅野さん。「それで生きてきたからね」。仕事や仲間への思いを語り、うっすら浮かべた涙を今も覚えている。
東雲でこれまでさまざまな立場の人に話を聞いた。日常を奪われた悲しみや、やり場のない憤りを口にする一方、慈しむように故郷の様子を描写してくれた。自身を鼓舞する前向きな言葉の後に、諦めにも似た言葉を発することもあった。誰もが複雑に揺れる気持ちを抱えながら、一日一日を過ごしているのだといつも痛感させられる。
菅野さんは東雲の会発足時から世話役として、避難者や地元江東区の人たちとも積極的に交流してきた。スケジュール表は、イベントの準備や会合などの予定でびっしり。「忙しく動き回ることで、内側にため込まないようにしてきた」
だが、今年に入って菅野さんは「今が一番つらい」としみじみ言った。「ずっと夢中で走ってきて、ふと立ち止まって後ろを見ても前を見ても不安、というのかな」。帰宅困難区域に指定された自宅を訪れても湧き上がるのはつらい思いだけ。一方、来年3月までが入居期限とされている住宅では最近、今後の住まいについての話題が増えた。福島県内に戻る人や関東近県に新たな住宅を求める人も出てきたが、菅野さんはまだ決めかねている。
そんな中、新しい心の交流もある。昨年は2つの大学の学生たちから、原発事故で避難生活を続ける人たちの生の声を聞きたいと申し出があった。学生たちは昨年暮れ、菅野さんたちの話や福島を訪れて感じたことなどを冊子にまとめて届けてくれた。「うれしかった。同情してほしいのでなく、ただありのままを知ってもらいたいの。話はうまくないけど、私が感じたことをね。今20歳くらいの若い人たちがあの当時はこうだったよ、と10年後、20年後と伝えていってもらえたらと思うから」。その言葉は、そのまま記者である私に投げ掛けられた重い課題だと、あらためて感じている。
■東雲住宅
東京都江東区東雲にある国家公務員宿舎。平成23年4月に都が被災者の受け入れを始めた。今も1000人以上が暮らす。住宅がある地域は東京湾岸の高層マンション密集地で、住宅も36階建ての超高層。都は避難者の受け入れ期間を平成27年3月までとしている。住宅で暮らす避難者らは23年9月に交流組織「東雲の会」をつくり、サロンを開いたり、地域行事に参加したりしている。県内から都内への避難者は現在約6600人。