第1部 ふくしまの叫び(6) 続く風評、客足戻らず 「頼りたくないが...」

下郷町の湯野上温泉は阿賀川の渓谷に沿って旅館10軒、民宿17軒が連なる。
東京電力福島第一原発からは約100キロ離れ、町内の空間放射線量は毎時0・04マイクロシーベルト程度だ。事故前とほとんど変わらない値だが、温泉街のにぎわいは「3・11」を境に失われたままだ。
風評被害-。旅館「こぼうしの湯 洗心亭」を営む本島慶文(よしふみ)さん(63)は、原発事故収束作業のニュースを苦々しい思いで見詰める。汚染水漏れなどトラブル続きだ。宿泊者数は原発事故発生前の7割までしか回復していない。
風評被害に伴う営業損害には東電から賠償金が支払われている。ただ、いつまで継続されるか、現時点で明確になっていない。
先行きが見通せない状況にいら立ちが募る。「原発事故が完全に収束しない限り、失われた信頼は取り戻せない」
今秋、首都圏から仕事で訪れた複数の男性が宿泊した。会津産エゴマ豚の温泉蒸し、ワラビの塩漬けなど地元産の素材を生かした料理を勧めた。しかし、断られた。一行はマスクを着け、部屋に寝袋や空気清浄機を持ち込み、使い捨てのように置き去りにした。
「放射性物質の影響を心配しているのか」。風評を拭い去るのが、いかに大変かを思い知らされた。
多くの宿泊客は満足そうに過ごしてくれている。周囲の山々は雪に覆われ、窓からは美しい白銀の世界が広がる。源泉掛け流しの温泉と四季折々の景観が自慢だ。「いい湯だった」「体の芯まで温まった」。宿泊客に笑顔で声を掛けられるのが、何よりうれしい。
文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は平成23年8月に示した中間指針で、風評被害に伴う営業損害を東電の賠償の対象に位置付けた。「取引数量の減少または取引価格の低下による減収分」を損害と明記した。東電は中間指針を受け、10月に賠償金の支払いを始めた。
本島さんは3カ月に一度、請求書を東電に提出している。実際に支払われる賠償金は、減収分の6割程度にとどまる。風評被害で失われた収入を完全に補える賠償制度になっていない。
従業員が書き込んだ請求書類に目を通すたび、複雑な気持ちになる。「本当は、賠償金になんて頼りたくない。でも風評は、ちょっとやそっとじゃ消えない」