第1部 ふくしまの叫び(7) 「人間が駄目になる」 自力回復に奮闘続く

広葉樹の山々に囲まれ、阿賀川の清流がきらめく。会津地方の豊かな自然の中に、下郷町・湯野上温泉の旅館「こぼうしの湯 洗心亭」はたたずむ。地元で生まれ育った本島慶文(よしふみ)さん(63)が、心も体も癒やしてほしいと平成元年8月、開業した。
観光客を呼び込もうと、旅行会社などに売り込みを掛けた。源泉掛け流しの湯、郷土の素材を使った料理、丁寧な接客が評判を呼び、宿泊客は着実に増えた。
順調だった旅館経営は、「あの日」を境に一変した。
宿泊客は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の発生から半年近く、ゼロに近い状態が続いた。泣く泣くパート従業員を休ませた。経費を削減し、我慢を続けた。
なじみの利用者らにダイレクトメールを送り、宿泊を呼び掛けた。「もうちょっと、落ち着いたら...」との申し訳なさそうな返事が耳に残る。予約台帳をめくると、ため息が漏れた。「福島の観光はもうだめなのか。殺せるものなら殺せ...」。眠りに就けない寝床で一人、つぶやいた。
原発事故から3年9カ月が過ぎた今も、東電が支払う風評被害に伴う営業損害の賠償金は施設の維持管理費や人件費に消える。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が示した賠償の指針には、支払いの打ち切り時期は示されていない。急場はしのいでいるが、先行きは見通せない。
平成23年6月、旅館の名称に「こぼうしの湯」を加えた。何度も起き上がってくる民芸品「起き上がり小法師(こぼし)」に旅館の未来を重ねる。
「どこかで区切りをつけないと。賠償金に頼っていては人間が駄目になる」。かつてのにぎわいを取り戻そうと奮闘する毎日だ。
ようやく県内の個人宿泊は回復してきた。しかし、原発事故発生前に多かった県外からの団体客は低調なままだ。大手旅行会社が企画するツアーには組み込まれない。まだ「福島」は避けたい場所なのだと痛感する。
風評の根深さにいらだちが募る。賠償をいくらもらおうと、顧客の信頼は簡単には回復しない。「賠償金では償い切れないものが、たくさんあるんだ」
=「第1部 ふくしまの叫び」は終わります。