(4)《記憶》「ヒツジ」に懸ける つきだてやさい工房(伊達)

「なぜ、ヒツジ?」
伊達市月舘町の「つきだてやさい工房」店長の三浦いつぎ(60)から依頼を受け、福島大経済経営学類研究員の服部正幸(30)が平成二十八年三月に示したキャラクターの原案は直売所の役員たちを驚かせた。
柔らかそうな毛並み、つぶらな瞳。描かれたイラストは親しみのわく仕上がりだった。だが、ヒツジが選ばれた理由を誰もすぐには思い浮かばなかった。
標高六百メートルから七百メートルの阿武隈山地にある伊達市月舘町は昭和四十年代頃まで稲作・畑作と養蚕や葉タバコ、畜産などを組み合わせた複合農業が活発だった。大正期には綿羊の飼育が盛んになり、昭和の中頃までは搾乳のためにヒツジを飼う家が多かった。しかし、営農形態の変化や羊毛需要の減少とともに地域からヒツジの姿は消えた。
服部が目を付けたのは、こうした月舘ならではのストーリー性だった。地場産品を販売するやさい工房の魅力を伝えるにはまず、古里のこれまでの歩みや長所を見つめ直すのが第一歩との答えを導き出した。
もう一つの狙いはイメージ戦略による個性のアピールだ。やさい工房を取り巻く人々の優しさや実直な人柄、団結力を穏やかな動物の絵柄で表現した。やさい工房の会員農家でつくる生産者組織の会長を務める佐藤好則(56)はキャラクターの活用方法を三浦に一任した。
三浦は原発事故後の歩みを振り返った。風評による客離れや人気商品の出荷停止で直売所の持ち味が損なわれてしまった。「空振りに終わるかも知れないが、何もしないよりはいい。とにかく動き出そう」。デザインの力に懸けてみることにした。(文中敬称略)