(8)【第1部 コメを巡る事情】小売業者 「1割の存在」が鍵

東京都内の私鉄沿線。品川区の武蔵小山商店街の外れに創業八十年を誇る老舗米店「こくぼ」はある。
全国十産地余りの銘柄米が店内に並び、福島県産は入り口に近く比較的目立つ場所に置かれている。店主の小久保一郎(43)は福島に縁やゆかりがあるわけではない。味が良く、安全が保証されているからこそ自信を持って仕入れているという。県産米の年間取扱量は七十トンで、店全体の五割を占める。
初秋の昼下がり、一人の年配女性が店を訪れた。「この前、食べたらおいしかった。また買うわよ」。郡山市産コシヒカリの小袋を手に取り、笑顔で会計を済ませた。
小久保は市からコメの検査態勢について紹介する文書を取り寄せ、顧客に安全性を伝えてきた。だから、「福島ファン」が増えるのが何よりうれしい。
二〇一一(平成二十三)年三月の東京電力福島第一原発事故発生後は苦労もあった。
事故から二年ほどの間、十人いれば十人が福島県産を敬遠した。「なぜ店に置いているのか」と目で訴える客もいた。しかし、三年後、毛嫌いする客は十人のうち五、六人に、今では三人以内になった。
時間の経過とともに、県内で厳格なコメの全量全袋検査が行われている実態が消費者に伝わってきたと感じている。
ただ、いまだに福島県産を店頭に戻していない同業者がいる。十人のうち一人でも嫌がる客がいるから仕入れないのだろう、と察している。「福島県の検査態勢を学ぶ小売店主向け講習会を開いてみてはどうか」と提案する。
コメ店の全国組織である日本米穀小売商業組合連合会には毎年、キャンペーン企画に応募する消費者からのはがきが届く。
県産米への理解が進んだのか。「福島のコメは安全なの?」「子どもに食べさせていいのか」といった不安を訴える記述が昨年から消えた。それでも、県内のコメ農家の収入が原発事故発生前より減り、流通業者を通さず直接買ってくれる相手を失ったままの厳しい現実は変わらない。
連合会の担当者は県産米の食味は全国的にも優れているとした上で、「今後は品質の良いコメを求める層に絞った明確な販売戦略が必要になる」と指摘する。
(文中敬称略)