(5)【第1部 中山間地で】西会津町奥川地区(5)自然、人情求め移住

近所の住民がお裾分けに訪れ、笑顔を見せる公一さん(中央)と千可子さん(左)夫婦
近所の住民がお裾分けに訪れ、笑顔を見せる公一さん(中央)と千可子さん(左)夫婦
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 「『ありのままの自然』が魅力なんだよ」。石川県能美市から西会津町奥川地区に移住した三沢公一(60)は、窓外に広がる山々を眺め、目を細めた。

 北海道札幌市に生まれ、高校卒業後は苫小牧市の化学工場に就職した。休日は登山に熱中し、石川県内の工場に異動した後も山に登り続けた。


 二〇〇八(平成二十)年、福島、新潟、山形の三県にまたがる飯豊連峰に初めて挑み、会津盆地を見渡した。第二の人生はここで暮らしたい-。そう強く思った。県内の山に足を運ぶうち、喜多方市山都町で喫茶店を営む千可子(59)=東京都出身=と知り合い、昨年二月に結婚した。奥川の古民家を購入して定年後の昨年四月に移住した。

 「柿がいっぱい取れたから食べっせ」。近所の住民が三沢の家を頻繁に訪れる。「地元の人は何でこんな不便な所に来たのかと言うけど、この自然と人情があれば十分幸せ」


 西会津町の人口は一九五〇(昭和二十五)年の約一万九千六百人をピークに減少し、昨年十二月現在、約六千五百人にまで落ち込んだ。減少を食い止め、地域コミュニティーを維持するため、町は出生率アップとともに移住・定住者の確保に活路を見いだそうとしている。

 町は二〇一五年十月、廃校の中学校校舎を活用した交流施設「西会津国際芸術村」に移住・定住の総合窓口を開設した。地域おこし協力隊の荒海(あらうみ)正人(26)が窓口業務に当たっている。開設以来、相談件数は約百件に上り、十組十六人が町に移り住んだ。


 町は昨年夏、上野尻地区に一週間から一カ月の期間で田舎暮らしが体験できる移住お試し住宅「Otame(おため)」を開所した。住民との交流、除雪や雪囲いのプログラムを用意し、雪国ならではの苦労や喜びに触れてもらう。

 半年間での利用は一件にとどまるが、体験者はすぐに町内に移住した。「まずは気軽に来られる環境づくりが大切。住んでもらえれば必ず良さが分かる」。荒海は言葉に力を込めた。(文中敬称略)